行き違いの想いの果てに <儚く消える記憶のかけら> 「___おい、リョーマ!起きたか?」 目を覚まして体を起こすと、辺りを見渡す。 「…何だ、さっきの夢だったんだ」 「何言ってるんだ?…まったく、オフの日だからといって夕方まで寝てるな!」 「はいはい…。国光は口煩いよね……。起きられないから部屋の鍵渡したんじゃん…」 寝起きで機嫌が悪いのか、ムスッとした表情のリョーマに手塚は苦笑を漏らす。 「まぁ…そうなんだが。…ん?リョーマ、机の上に置いてあったボール、どうしたんだ?」 「えっ?ウィンブルドンの記念ボール…?な、い…」 机の上を見ると、大切に飾ってあったボールだけが無くなっていた。 「じゃ…あれ、夢じゃなかったんだ……?」 「何だ?一体どうした…?」 嬉しそうに微笑むリョーマを横目で見ながら、手塚は首を傾げる。 「国光、俺…周助と逢ったよ」 「周助…?不二の事か。…何処で逢ったっていうんだ?」 「ん、夢と現実の間…かな?ボールは周助に渡しちゃったv」 相変わらず首を傾げている手塚が可笑しくて、リョーマはクスクスと笑う。 「まぁ…少なくとも夢じゃないよね。肌に触れた感触があったし……」 気付くと、リョーマは涙をポロポロと流していた。 「あ、あれ…?別に悲しくなんてないのに…」 「リョーマ……!!!」 そんなリョーマを痛ましく思った手塚は、自然と抱き締めてしまう。 「俺は…まだ不二の代わりにはなれないのか?…昔から、お前の事を愛しているのに…!」 「…くに、みつ…。ゴメン…、やっぱり俺…周助が好きだからさ…」 「何故だ…?!アイツはお前を捨てたんだぞ…?俺なら…お前を悲しませない……」 「…ううん、周助は俺の事、捨てたわけじゃないよ?ただ、距離をおいただけ…」 その呟きに、手塚は反応する。 「現実を見ろ!リョーマっ!! 現にアイツは此処には居ない!お前の事を愛していないからだっ!!!」 肩を強くつかまれ、リョーマの顔が苦痛に歪む。 「い、痛いよ…、国光…!!!」 「…す、すまない………」 ハッと我に返った手塚は、リョーマを解放する。 「悪かった…、暫く頭を冷やしてくる……」 そう言い残して部屋を出る手塚を、リョーマは哀しそうな瞳で見詰める。 「…周助、逢いたい…。まだ俺は…周助を愛してるよ…?」 乾いた喉から搾り出された言葉に、ハッとする。 自分はこんなにも不二を想っていながら、何も行動しようとしなかった。 否、行動出来なかった。…拒絶されたら、もう二度と立ち直れないから。 「本当は…直ぐにでも逢って、想いを伝えたい…。でも…」 考えを張り巡らせていると、目の前に誰か居るのに気付いた。 「国光?戻ってきたの?」 顔を上げて、確認してみる。しかし、目の前に居たのは手塚ではなく……。 「しゅ、周助っ?!!」 しかし、微妙に違う。昔のままなのだ、不二の姿は。 レギュラージャージを着て、表情は微笑んでいる…中学三年生の不二が、今目の前に居る。 「周助なの…?!何で此処に…!!!」 だが、不二は何も話そうとしなかった。その代わり、何かを手渡したのだった。 「青学…レギュラージャージ?」 当時のままの、青と白をメインとしたジャージ。名前も、越前と書いてあった。 「俺…の?なんでコレを持ってるの…?」 しかし次の瞬間には、不二は居なかった。 ふわりと、まるで幽霊のように現れた不二に不安を抱えてしまう。 「何か…周助の身にあったのかな……?」 試合で稼いだありったけのお金を財布に詰め、パスポートを持つ。 レギュラージャージを羽織ると、部屋を飛び出すのだった。 (周助……!!!俺、周助に逢いたいよ…!) +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 手塚が部屋に戻ると、リョーマの姿は無かった。 「…?リョーマ、何処に居る?」 と、机に乗せられたメモ用紙に目が留まる。 『国光へ 御免なさい、勝手に居なくなって……。俺、もう迷わない事にした。 自分の気持ちをハッキリさせる為にも…日本に行って来ます。 本当にごめん…。 国光の気持ちは嬉しいけど…、もうあの人以外、俺を本気にしてくれそうにないから……。 だから…行きます。なるべく早く戻るようにはするけど…。それまでは…。 リョーマ』 内容を読んで苦笑する。かなり乱雑な字になっている。 これ程までに恋焦がれる相手なのだ。 …自分では代わりになれない事ぐらい、理解していた。 「フッ…不二め、リョーマを泣かせたら…承知しないぞ?」 誰も居ない部屋のソファーに座ると、懐かしい同級生の微笑と、生意気な後輩の事を思い出すのだった……。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「此処でいいです!<stop here!>ありがとう。<thank you>」 タクシーの運転手にお礼を言い、料金とチップを渡す。 「此処まで来たんだもん…。もう、後には引けないな……」 巨大なAirfieldを見ると、一歩ずつ歩む。 羽織ったジャージの裾を握りながら………。 ―貴方が大好きだから…愛しているから…― ―もう二度と逃げない― ―貴方がくれた、最後のチャンスを…― ―大切に…大切にしたいから…― |